器用貧乏コンプレックスとケンタッキーフライドチキン

本日のぼく。
身長157センチ、体重46.5キロ。
700グラム増えてます。
はい、これは昨晩の不摂生の結果です。
深夜1時に友人とラーメンを食べまして。
その結果がきっちり数字に出ています。
でもいいんです。
すっごく楽しかったですから。
アラフィフおじさん二人で久々に青春を謳歌してきました。
その結果がこれなら問題なしです。

さておき。

前述したように、昨晩はとても楽しい時間を過ごしたわけですが、ふと、自分の生き方について考えてしまう瞬間がありました。
先日、「小柄人間、器用貧乏になりがち説」

という記事を書いたのですが、この「器用貧乏」についてです。


昨日は友人のニッチな趣味に付き合って、これまたニッチなイベントに参加してきました。
基本的にぼくは集団行動が苦手なので、人が集まる場所というのは極力避けるタイプです。
ただ、昨夜のイベントはそもそもニッチな趣味人間の集まりだったこともあり、場違い感は感じながらも楽しむことができました。
決して嫌な空気だったわけではありません。

ただ、ちょっとそこに集まった人たちの熱量にあてられたというか。
帰宅してからちょっと落ち込んでいる自分に気付いたんです。

自分の好きな対象に全エネルギーを注ぎ込んでいる感じ。
で、初対面にもかかわらず長年の親友かのように共感しあっている感じ。
うまく言えませんが、自発的な動機と承認欲求がきれいに混ざっているとでもいいましょうか。
それがもう、ぼくにはちょっとまぶしかったんです。

ぼくは器用貧乏です。
なりゆきにまかせてその時できることに取り組んできた結果、割と何でもそつなくこなせるようになりました。
そのかわり、「これだけはゆずれない」みたいなものがないんですよね。
「人がなんて言おうがおれはこれが好きなんだ」みたいなものがない。

もちろん、ぼくにだって好きなものはあります。
ゆずれないものもあります。
ただ、そういうものにふたをして他人の要求にこたえてきた結果、すべてにおいて中途半端になってしまっているように感じてしまって。
そんな自分がちょっと情けなく思えてしまったんです。

わかりにくいたとえで申し訳ないんですが、ゲーム、特にRPGなんかでキャラクターの能力を設定するみたいな場面があるじゃないですか。
あたえられた10ポイントを攻撃力に何ポイント、防御力に何ポイント、すばやさに何ポイント、みたいに分配するやつ。
ぼくはすべての能力にたいして均等にポイントを割り振っているわけです。
だからオールマイティだけど、これといった強みもない。

昨晩あった友人を含めた人たちは、言ってみれば攻撃力に全振りしてるみたいな人たちだったんです。
迷いがない。
そう、ずっと迷ってばかりのぼくには、たぶんその迷いのなさがまぶしかったんだと思います。
ああなんか、いますっきりした気がする。
迷いのなさがうらやましかったんだ。

器用貧乏も一つの能力だとは思うんです。
そんなやつが味方に一人いたほうがいい時もある。
でもやっぱり、「ぼくといえばこれ」みたいな何かが欲しい。
必殺技みたいな。

器用貧乏も極めればなにかすごい結果につながるんでしょうか。
それとも広く浅い能力の中から一つの能力だけが突出してくるとか?

正直、まだちょっともやもやしていて気持ち的にはだいぶ落ちてはいるんですが、今ふと思い出したことがあります。

20年ぐらい前、自称手相が見れるっていう女性から
「きみはびっくりするぐらい遅咲き」
と言われたことがありまして。
しかも、
「30代とか40代とかいうレベルじゃない遅咲き」
と念を押されました。
その時は「なんて嫌なことを言うんだ、このおねえさん」とか思ったことをおぼえています。

でもこれ、受け取り方によっては、これから遅咲いちゃう可能性があるってことですよね?
だって、少なくとも遅咲くんですもん。

考えてみれば、かのカーネル・サンダースも定年後に起業して大成功したわけですし。
人生まだまだ何が起こるかわからない。

器用貧乏は器用貧乏なりにあがいてみるとします。

というわけで、ブログ連続投稿10日達成です。
やったぜ。

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