得しないと損っていう考え方が大嫌い、という話。

本日のぼく。
身長157センチ、体重46.4キロ。
カフェイン摂取なし(9日目)

今週は体重の減少がゆっくりだったのですが、ここにきて少し減ってきました。
あしたもうちょっと減ったら、土曜日に恒例の不摂生を実施したいと思います。

さておき。

ぼくは生粋の器用貧乏です。
それなりにわりと何でもできますが、これだけは誰にも負けない、的な極めた分野はありません。
絵も下手な人よりはうまいし、音楽できない人よりはできるし。
以前住んでいた部屋は結構大規模なリノベーションをDIYしまして、今の借主さんはそれを気に入ってそのまま店舗として活用されているようです。
仕事では動画の撮影や編集もしたし簡単なプログラミングを組んでいたこともあります。

他にも結構いろいろなことに手を出してそれなりに結果を出してきました。
要はちょっとできるようになるまでが早いんだと思います。
コツをつかむのが早いというか。
まあ、あまり興味のない分野のことはすぐ忘れてしまうんですけど。

典型的な器用貧乏ですね。

これ、ずっとコンプレックスだったんですけど、最近、これもひとつの才能なんじゃないだろうか、なんて思うようになりました。
広く浅く、色々なことを知っていたりできたりすることが役に立つこともあるんじゃないか。
そもそもこの器用貧乏のおかげで、ここまでなんとか食いっぱぐれないで生きてこれたんじゃないか。

なので、ここ最近はどうやって器用貧乏を武器に変えていくか、みたいなことを考えてます。

武器っていうか、器用貧乏で誰かの、なにかの役に立ちたい、みたいな気持ちの方が近いかもしれません。
なんか最近、仕事をしていてむなしくなることが増えたんですよね。
自分、なんの役にも立っていないな、って。

ぼくは仕事って困りごとを解決することだと思っているんです。
困っている人がいて、それを解決できる人がいて、そこに仕事が発生する。
困りごとを解決してもらった人が、解決してくれた人に対価を払う。
これが仕事なんじゃないかって思うんです。

今の仕事には困りごとも解決も見当たらない。
得をしたい人がいて、その人たちの欲望をかなえるために利用されているだけ。
得したいだけの人たちって、得をすればよろこぶけど、得しないと損したと言って怒り出す。
そういうタイプの人たち相手に仕事していても、それは役に立ったとはぼくには思えないんです。
だってあいつら、そもそも困っていないんだもの。

そういうタイプの人たちに利用されてきたおかげで今の器用貧乏なぼくがいるともいえるんですけど。
でもそろそろ、器用貧乏が役に立つ時がきてもいいんじゃないかと思うんです。
きっとどこかに、ぼくの器用貧乏を必要としてくれる、困っているひとがいるはず。
ぼくはその人のために器用貧乏を発揮したいんです。

何回器用貧乏っていうねん、という気もしますが、ちょっとした決意表明でした。

つづく。

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