小柄男子、器用貧乏になりがち説

本日のぼく。
身長157センチ、体重46.3キロ。
なんだかんだで大体いつも通りの体重で週末を迎えることになりそうです。
やっぱり基本的には一日に200~300グラムぐらいづつ減っていきますね。
まあ、順調です。

さておき。

これまで自分のような低身長・低体重の人のことを小さい人とか小さい人間とか表現してきました。
ただ、どうにもしっくりこない。
小さい人間、とか書くとなんだか器が小さい人間と言っているような気がしてくるのです。
いや、決して器が大きいわけではないんですが。
ただ、自虐的になるほど器が小さいわけでもないと自分では思っています。

というわけで、「小柄男子」と表現することにしました。
アラフィフおじさんが男子とかなに言ってんのとも思ったんですが、あれです、なんとか女子ってよく言うじゃないですか。
で、女子ってすごい年齢層広いじゃないですか。(うわぁ)
それにあやかってみました。

だから、ぼくは今日から「小柄男子」です。
あらためてよろしくお願いします。

で、そんな小柄男子についてです。
ぼくのまわりだけかもしれませんが、小柄男子って多才な人が多いって常々感じておりまして。
さらに言うと、器用貧乏タイプが多いような気がしてなりません。

かくいうぼくも完全なる器用貧乏タイプだったりします。
特にぼくの場合は悪い方の器用貧乏です。
そつなく何でもこなすけど、なにひとつ極めていない、という。

なんでこうなっちゃったのかについて考えてみると、やっぱり体が小さいからなんですよね。
いざとなったら体力で日銭を稼ぐ、という選択肢が与えられていないんです。
若いころには肉体労働的なバイトをしていた時期もあるんですけど、どう考えても分が悪い。
とにかく体力の消耗が半端ない。
きつい。
死ぬ。

考えてみれば当たり前で、例えば25キロの荷物って体重75キロの人間の三分の一の重さしかないわけです。
でも、体重50キロ以下の小柄男子からすると、自分の体重の半分以上の重さがあります。
だから75キロの人が40キロ近い重さのものを運ぶのと同じなんです。

40キロ、きつくないですか?
ぼくらにとっての25キロはあなたたちの40キロみたいなものなんです。
そりゃきつくて当然。

そんなわけで、生きていく手段としてぼくらには肉体労働という選択肢がないわけです。
時代が時代なら速攻で死んでます。
でも、そんなぼくらも生きていかなきゃいけないわけで。
だから体力がなくてもなんとかなりそうなことを片っ端から試すことになります。
で、あれこれ試しているうちにあら不思議。
器用貧乏の出来上がりというわけです。

そう、器用貧乏とは世の中の歪みと理不尽が生み出した、悲しくて憐れな存在なのでした。

まあ、個人的には結果オーライなのかな、と思ってたりもします。
おかげさまで、割と特殊な立ち位置を手に入れてのらりくらりと生きていますから。

ただ、できれば器用貧乏ではなく、多才な人になりたいという気持ちはあります。
マルチクリエイター的な?
なんかかっこいいじゃないですか。

そういえばむかし、ハイパーメディアクリエイターって肩書きの人がいましたね。
自分で自分をハイパーって形容できるってなんかすごいですけど、ぼくには無理っぽい気がします。
やっぱり器用貧乏でいいです。
器用貧乏がしっくりきます。

器用貧乏万歳。
小柄男子万歳。

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